対談 - Inside promenade
 
 

 

本に書いてあるような話、世間で話されているような話
には、もううんざりした二人がここにしかない話を二人だけ
で話すことがもったいない気持ちになったことから、この
ような対談形式で紹介してみます。
inside promenade=内的散策

 
 
映像による対談の様子
 
 
山家 仁
34歳(2005年現在)
新潟県生まれ
ARTをしている
熊田 昌彦
34歳(2005年現在)
埼玉県生まれ
小説を書いている
 
 
音声による対談の様子(youtube上に12回分あります

 
     
 

第一回 人が死ぬことってどんなこと?
山家

あったじゃないですか葬式って何回か?
で、おれねえ、ちっちゃい頃から、
一回も葬式で泣いたことないんですよ、
そうすっと、おれの母ちゃんなんて号泣
する人だから、この子は何者!?的な目
でみられるんですよね、
だけど、おれ、あんま悲しくはないんですよね

熊田
ううん、どういう感じなんですか?
山家 さっきもいってたけど、毎日その人と暮らしている
訳じゃないじゃないですか、別に、なんかじいちゃん
とか結構死んだけど、そんなに悲しくはなかったですね
熊田 ううん。まあ、ねえ、みんなそれぞれ同じように、
じいちゃん、ばあちゃんもいるしねえ、兄弟もいるし、
みんな多分まあ、同じような経験するはずですよねえ、
山家 うん
熊田 でも、おれもねえ、おれもあんまり悲しくないですねえ、
山家 ううん。
熊田 なんだろ、
山家 あれ、感じ方って絶対人それぞれだと
想うんですよね、色々な意味っちゃあ、
あれだけど、死んだから悲しいってのが、
なんか当たり前になってるけど、
それ、どうかってことはある、
熊田 まあね、死ぬってことは悪いって、
山家 そう、喪失っていうふうに直ぐに捉えるから、
熊田 うん、うん、うん。それは、どうですかねえ
日本だけですかねえ、他の国も、
山家 なんか儒教国家とかあるんじゃないんですかね
熊田 ああ、ああ、
山家 韓国とかひどいじゃないですか、
熊田 なるほどねえ、死んだら終わりみたいな
山家 あの、その泣き方が尋常じゃないっすよねえ
熊田 あれはねえ、やっぱ環境ですよ
山家 環境ですよねえ
熊田 その、育ってきた環境で、
こういうときは泣かなきゃいけないんだ、
その感情の訓練というか、
そういう、されられているんだよねえ、
山家 うん
熊田 そういう刷り込みみたいに、気付いてなくて
本人はねえ、だからあの韓国のテレビドラマ
見てもさあ、どうしようもないの作っちゃうんだけど、
なんかなんでも感情に頼ってさあ、なんてのかなあ、
まあ、見なくてもわかる、
あああの人達の作る映画だって、
 
山家 あの、よくあの日本人てねえ、韓国人、
かなり入ってきているじゃないですか、
元々の弥生時代の位に
熊田 元々ね
山家 元々、だから、そういう、
熊田 そうだよね
山家 あるじゃないですか、九州とかって、
そんな、なんかすごい
熊田 日本でもやっぱ違うんでしょうね、北から南と、
山家 そうそうそう。なんか九州とか
福岡とか韓国の匂いを感じる。
熊田 まあ、一概には言えないけどね、
まあ、それも人それぞれだと想うけど、
まあ、でもあるかもしれないですね。
なんですかねえ、なんで死ぬってことが
悪いことなんですかねえ。死ぬ=悪い
って結びついちゃってるから、なんか失ったとか、
山家 そうそうそう、
熊田 なんか負的な感情がくっついてきちゃう
山家 おれなんか、今回、おじさん死んで、
楽なってよかったなと思いましたもん
熊田 本人はね
山家 そうそう、
   
  (つづく)
 
 
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